ねぶた!!!
by denshu2008
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■ 杉玉のルーツを探す旅に出てみた。その3 [京都太秦編]
とうとう第三回目になりました、ルーツを探す旅人[Ta]です048.gif

これまでは「大神神社」を中心に酒造に関わる社と杉玉の関係について書きましたが、今回からは舞台を奈良から京都に移しての「杉玉」の歴史を巡る旅となります。

お気付きの方もいるかと思いますが、京都にも“酒造の神”として全国の蔵元から多くの崇敬を受けている神社「松尾大社」がありますが、酒神として崇められているその理由として「大酒神社」より秦氏の祖霊を遷座したことに由来すると伝えられています。

ということで、まず最初の目的地である「東映太秦映画村」で有名な京都太秦へ。。。とは言いながら映画村に立ち寄ることもなく(爆)、杉玉のルーツを求めてマニアな歴史巡りがはじまります003.gif
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                          ↑京都市右京区太秦「廣隆寺」

最初の目的地は、厩戸皇子(いわゆる聖徳太子)の発願により、帰化氏族である秦河勝(はたのかわかつ)が建立したと伝えられる京都最古の寺院「廣隆寺」へ。

秦氏といえば、農耕、土木、管絋、工匠等の当時の先進技術を大陸及び半島より倭国へ移入し産業発展に尽力した事でも知られる有力氏族ですが、殊更有名なのが[養蚕]と[酒造]技術で、中でも秦酒公(はたのさけのきみ)は人皇二十一代・雄略天皇の御宇、各地の秦部・秦人の統率者となり、以降各技術の向上に務めたと伝えられています。

近辺には先述の通り秦氏の功績として代表的な[養蚕]技術に纏わる、通称“蚕の社”としても有名な織物の祖神を祀る「蚕養神社」(こかいじんじゃ)を摂社とする「木嶋坐天照御魂神社」(このしまにますあまてるみたまじんじゃ)に代表される秦氏が関係した大小さまざまな寺社が存在します。
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                       ↑「廣隆寺」本堂である「上宮王院太子殿」
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                 ↑廣隆寺境内にあるかつての大酒神社址と伝えられる「太秦殿」

人皇十四代・仲哀天皇の御宇に大陸での兵乱を避けて倭国に来朝した秦始皇帝を祖とする功満王の子・弓月王(ゆんすのきみ)がその後、百済より秦氏諸族を率いて帰化し、その孫である秦酒公6世の孫・秦河勝が桂川に「葛野大堰」を築いた事により河内国讃良郡太秦(現・大阪府寝屋川市太秦)から本拠を移した先がこの京都太秦と伝えられています。

その秦河勝が秦氏の氏寺として人皇三十三代・推古天皇の御宇に建立した「廣隆寺」には、かつて氏神として“大避神”と称して秦始皇帝と弓月王の祖霊を祀り<災難除け><悪疫退散>を願った「大避神社」が現在の「太秦殿」辺りに鎮座していたと言われています。

後に、「大避神社」は先の二柱に秦酒公の功績を讃えて同社に併せ祀ることにより社号を現在の『大酒』に改められたそうです。天平5年(733年)、当時の「松尾神社」から霊泉が湧いた事から「大酒神社」より大避神を改めて斎祀ったのを機に、以降「松尾大社」は“酒造の神”として信仰されるようになったと伝えられています。
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                     ↑京都市右京区太秦にある現在の「大酒神社」

ちなみに、現在の「大酒神社」は明治新政府の発布した【神仏判然令】により「廣隆寺」から切り離され、「廣隆寺」横の現社地へと遷し祀られています。

前回のログでも書いた通り、伝承を信じるならば掌酒(さかびと)高橋活日命が醸した御酒はコウジカビによる糖化作用を利用した米と米麹で造る酒造法と推測されますし、そうでないにしろ『古事記』や『日本書紀』には秦氏が帰化する以前、人皇十五代・応神天皇の御宇には吉野に住む非農耕民族である国樔(くず)によって【醴酒】(こざけ)が献上されたという記述から、既にこの時代には現在の日本酒醸造の基本形が出来上がっていた事が窺えます。

では秦氏が持ち込んだ醸造技術とは一体どんなものだったのでしょうか? 実のところ現在でもハッキリとは解らないんです。。。008.gif

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さて、気が付けば話題が「杉玉」から大分離れたところに行ってしまいましたが、実は以前「松尾大社」を訪れた時、「これが現在の杉玉のルーツなんじゃないか?」と思わせる物を見つけたので、次回はそのお話を中心に書こうと思っております。。。

おそらく最終回となるであろう『松尾大社編』まで今しばらくの猶予を040.gif

(文/撮影:Ta)
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# by denshu2008 | 2008-07-23 08:32 | 杉玉の歴史
■ 三沢の松田屋様 おめでとうございます!!!
本日(7月18日)、弊社のお得意さまであります、三沢市の松田屋酒店様が、新装開店をいたしました。本日から3日間はOpen記念セールです。12時Openだそうで、Open記念の販売商品もあるようです。

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店舗は、広すぎずちょうどよい感じに商品が陳列されています。もちろん殆どの日本酒はリーチインです。
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弊社の大きな暖簾も。

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酒器や食器の販売もしています。

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そして、何よりもすごいのは9月Open予定ですが、併設されたお蕎麦屋さんです。奥様が何年も前から趣味で、打つ蕎麦が評判で、ついに店舗を造ってしまいました。これがまた、広~い。Max35人程が入れる大きさ。昼だけじゃもったいない!!! 夜は居酒屋さんになれば最高にいいんでないの?

最後に全体の写真です。
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松田屋さんご夫婦と、左は松田屋さんのお子さんではなく、弊社の愚息(2番目)でした029.gif
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# by denshu2008 | 2008-07-18 17:04 | イベント